ミミタロウの練習帳

大草原への旅の途中を手紙風にお届けする喜怒哀楽道中脛栗毛。

雑な日記 -2-

Nice to meet you.

ミミタロウは、手紙を書くことにしました。

装飾などをとてもシンプルにしています。

日々を過ごしていく中で書いておきたいことだけを書く練習帳。

従来の、今あるブログとして見やすい形はとることはなくなりました。

ただ書いておくために、テンプレートを手紙風にしてあります。

 

かつての勝手なねつ造はすっかり恐怖になり、統率をとった場合のそれらはある映画のようです。

将棋の駒でいう、「歩」になる者が一番強くて怖いんですよ。

 

何にも縛られない、大草原で生きるようなお手紙をゆるく書く。

お別れする時は、きっとそんなに長くないクマゴロウとの旅を終えるときです。

そのときは、お空へこの御霊を返すとき。

夜空がおもちゃ箱で、変わらず笑い続けている者たちに加わると聞いております。

すべては幻になり、白い霧雨にかわる頃。

辿り着いた地は、失われた大地であることを願って…。

 

文章というよりは、どこまでいっても始まりから最後までを手紙として表したいなと思います。

1ページめは、さっそく非公開に変更して2から始まるNewコンセプトでいく。

 

ミミタロウ。 φʕ•ᴥ•ʔ

ちょっと追記しました。 2019/3/3

雑な日記 -7-

Nice to meet you.

何が主観と客観を分けてしまうのか、考えて歩いていました。

スマホという鏡を通して見る世界観。

鏡については、理科の分野で光の反射から目のしくみと共に学んだ程度だった。この素材なんだ?と思ったことがきっかけでした。いつからあるんだろう?と。テレビでは全面鏡に包まれた人間は周囲を映すものとなり、遠目ではすっかりと自然の景色にとけこめるということを実演していたことを覚えています。とても興味深い企画であり、鏡であることを考えたらどこでも適用できない不自然さはあると言われて緑の多い風景を選んだと、前提は加えられたと思います。そうでなければ、専門家の話もないまま彼らは喜んでありがちな都内での決行を近いからと選んだのではないかと思います。それに、都内で全面鏡ばりの人間を置くというのは、通り過ぎる人々を次々と映し、文字なども鏡文字と言われるのですから、何これと思われてバレそうですよね‪(笑)

鏡やテレビは、うちの猫も一匹だけやたら興味を持ち、後ろにまわりこんで不思議そうにしています。動物にはテレビは何に見えるのか。家族がみんな注目している場所、冬は温かい場所、たまに動物たちを映す場所…。

鏡とは、主観と客観そのものでもあり、私は本当にコレに映る姿が自分自身という認識でいいのか…?と思って、笑ってみると笑うので、左右が逆で、でも心は同じなようでもうひとりの自分として、お互いに見ていると考えています。

ネットの鏡も、スマホの見た目からわかりやすく、ネットの中に生まれ落ちて、感情や言葉を💩としたり、洗濯物としたり。マネたいズされるととてつもなくあないみじなので、そのへんは流しそうめんしちゃいます。

もっとちゃんと考えて書きたいものです。

社会的地位の階段は、華麗なる階段オチしたので非常階段をのぼっております。雰囲気の話。そう考えたら、無下にできないものはお互いにあるのに一方的だと一方通行になるんだと理解し、ちっさいオッサンの女優(?)は存在も思考パターンも謎のまま。読んでフルーツになさり、実をミキサーしてオリジナルのエネルギッシュドリンクを生み出し、会話の武闘会へ踊りでる。

 

(๑・㉨・๑)違う、その舞踏じゃない。

ʕ•ᴥ•ʔ台本は、病を作るのか。

 

私が考え始めたことは、確かにそうと言えるものも多いと思える答え。社会的地位や知名度もないのに、何をおっしゃるクマたんず。まずは、謝罪をして(???)マニュアル対応から学び、発言を考えるべきっという日本語としてはマストアイテムに近い言い回しに"ナチュラルに正義の鉄槌を…"というナチュラルが現実なのに、世界観を知る者達には何も違和感を生まない表現であることを重ねます。

 

あんまり、シャっとふにょんで埋めつくした文章を相手が書いた、言ったって思い込んでしまうのって、暗中模索刀という妖刀だよね…大殺劇舞荒界みたい。造語。

Twitterなどでは多く、「どこに書いてあるの?どこにもそんなこと書いてないけど。」というやりとりは日常的だったのも、最近のことです。それに対して、あーきたからこーかえして、で、こうっていう仮想敵との会話術が格闘技の説明で殺陣なんですけど、ダサい…。あーきてないのにこーかえして、ここで相手がひっくり返るから、こうか!っていう自分で言った流れも間違える感じなんですよ。惑星レベルのギャラクシー視点で話すと、隕石がっていう主語かなと描いてみます。

その際に、「そう言ってるのと同じ」っていつの間に翻訳アプリにマイランゲージ入ったのかなと思って。私は、こういう意味や感情、意図って狙いとかなのでポリンキーにしてて、隠してるんですよね。考えていくと、数学的思考に重なってくる言い回しが「〜と同じ」って表現で、もしかしたら翻訳アプリの翻訳記号が矢印ではなく、イコールなのかもしれません…。

機種などによっては出ないのかな。

⇋これですよね。

私が認識してるのはこれで、他に⇔これだと理科的な記号になる気がして、できれば避けたいなと思ってます。化学的な使い方をする時は使いたいです。

リツイートは縦にしたバージョンで、違うかなと思います。あれ自体がじゃんけんのようであり、タライ回しを表すようでもあり、何かの動きやしくみを…サメ?かな。自然の理が織り成す魔を熱を持った光、電球のように感じると、子供の頃の消しゴムVS怒られたエピソードがマイメモリーから出土します。

危険行為ですから、私は書きません。

ただ、化学反応みたいなことはあったと思って。

 

心して、扱わないといけないんだね。

明日も我が身。φʕ•ᴥ• ʔ

 

雑な日記 -6-

Nice to meet you.

毎日、ココにはさまざまな風が吹き荒れます。

ひとたび巻き上げられたりすれば、皆の目を引き、いろんなことを示唆されてしまったり。たった一言で、突き崩されてしまうほどの威力を秘める理由が暗黒騎士であると考えました。すべてではなく、私のイメージはあるゲームのものを主体とするので、実はココがわかりやすいポイントですが、今回のパターンでは「暗黒騎士」というワードに意味を勝手に付け加えてネットなどで発言をしてしまっているのが揉め事によく見られる現象です。

スポットライトや懐中電灯で照らす文章のキーワードは、本当に人それぞれでいいのでしょうかと考えていたのですが、それは逃げではないかと考えているワードもこの文の中に埋め込まれています。そういうキーワードには書き方として「記号」が与えられています。それは、ほとんどが強調やわかりやすさ、単に会話という括りだけでは?と思ったら大間違いです。

記号などをつけても、無視して通り過ぎるように見てしまうキーワードが、問題文なのにそれさえも自ら用意して、答えられる問題として用意し、「あたかも」書き手が与えた問題のように振る舞う思考は、増えすぎたネットユーザーのとてつもない欠点として、本当にちゃんとした方がいいのにね…「やってない人にはわからない」と言うのがメディアの答えとして唖然とさせられましたから。

勝手にやって、勝手に悪化させ続けてる。

そう主張されても、為す術もありません。

ネットは、芸能人が現れた時点で終わってたんですね。Twitterだって、Instagramだってそう。それだけで済まないからですね。

【ファンも投稿などを見たくて、それまでやってなかった人が新規登録する】現象が起こり、それを本来なら自分の判断や自力ではやってなかった人々が♪チャンピオンの歌と共にウォータースライダーで流れ込むと考えましょう。

これが、一般的なローカルの広がりよりも爆発的な拡散力を秘める理由でもあると思いますが、それ以外にもインフルエンサーや壁に既に穴が開けられており、私も見ることの多い生け簀→狩り場?へと流し込まれていきますね。気になったものは見に行って、真逆はないけど何らかの言葉のメンチカツを投げてくることは何度かやっています。それを本人に伝える際の謎の風呂敷3分クッキングとしたりします。当たり前なことなので、イワズモガナもありますし、真逆のことは言わないので整えてやんわり拡散されておりまして、私はそちらで知りましたとTwitterを山手線(←New!)とすれば、拡散(お乗り換えのおツイート様)として、工場の仕分けみたいにそこに原因が含まれており、拡散力の正体は「それ」ソレソレそれぞれのそれ〜という感じでございます。

こういうことを無料でタダペーパーにフリースタイルしてるように見えてしまう、どこぞの生け簀を覗くヘンタイは、パソコンにもお詳しい、あの(ゲスい道)巨大な張り紙にペタペタと幼稚園児らが(かわい子)ちゃんへと書いて掲示物の中身を作り上げる光景を思わせるように、メインは(何者!?)なんかのスタッフであり、サポートジョブにゲス使いであったことが、たまにわかるよね。

嫌な世界なんだよね〜。売れっ子とか推しにはアレを倍増して、ワイプ増量キャンペーンとか。そこだけで終わればいいのに、ネット使ったりメディア使って一般人として少ないメリットに多大なデメリット背負って生きてる人をチラリと見て、ハッシュタグしてるようなのは懐かしのワイルドモンキー(!?)みたいですかね。

住む世界が違って、ムスカの名台詞でもちゃんと述べれば役を選んだ形になるのにね。そうではないスタッフは、頑張りすぎてる時も番組には出てしまいますし、ふざけてる系は会いたくもないですね。出てくんなって言われるほどのね。あのラピュタ人ぶれる精神すごいんだね!土から離れて生きれないから、どこにどう生きんだよって腹立った時に遭遇したら言うかもね。

 

ネットって、テレビ局が作り上げて私たちに先に普及してしまったの…?

 

私たちは、テレビとかをエサにエサとして今は鳥さんに捧げられてるの…?書いたものも、撮ったものも人柄さえも。全部無料で置いて、気づかぬうちに演じてもらったり、ごんぎつねみたいに用意してあげてるの?それだけならまだしも、それを持ってた人に文句言うの…?

擦り付けるのかなぁと思って見てます。

 

そんなに、お互いに讃えることができないのに、芸能人が芸能人のファンですって国内は公言を禁止した方が良かったかもね。

結局、全部仕事に繋げてるように見える。

それがメリットで、だからなるんだって頑張れる人もいるし、私みたいに自信なんか持つ前から踏み砕かれて、それよりも人々の温かみや笑顔を糧にしたいとする人もいる。給料よりも、日々に心の浄化を教わる。

 

部分集合は、最後は正しくしよう。

そして、モノの見方を大切にしよう。

ネット見てますって、情報関係にいないのに言っちゃうヤツは〜…

 

何も得られません。不快感だけがそこに残されていきます。歩く💩を自称するな。φʕ•ᴥ• ʔ

 

手紙だから、宛先ないのがネットだし勝手に書いて文句言おうにも、感性を皆が見てくれる時代へと移り変わっております。空や季節のように。憶測にぶっ込んだワードを言い回しとして使ったら、終わりは早い。

みっともないし、恥ずかしい書き方してしまうのは、一般的ではない。もっとがんばれ。

 

(๑・㉨・๑)クソがんばれ、みんな頑張れ!

ʕ•ᴥ•ʔ鬼速い、鬼強い!

私の構図が完成しつつあります。

 

クシコスポストは、始まっている。

アンカーは、バトンをもらって走り抜ける。

平成の終わりに、郵便馬車をかけながら。

今宵も、首飾りを光らせた。

 

怒られた…φ( °(エ)° )ɞ

 

色褪せないメモ帳 -2-

Nice to meet you.

インターネットも、よくある流れを再現するように綺麗に辿っており、つまんない人々による謎のメダパニを見ている状態です。杖が壊れていることにも気づけないのは、自分を何よりも信じるということにあるのでしょうか。

メダパニも自らくらい、それを見たよくわからないと言う人々からはパルプンテを唱えられ、Twitterで育成した思考パターンで現実に溢れてきているものがあることをため息にしていると、何を思ってアカウントのフォローをしてくれていたのかわからないほど、はずされていくことに楽しみを見つけています。

やっぱりスーパーやお店の感覚で見ているところもあるのかなと思います。ネットもSNSも。テレビかなと思っていたけど、ラジオのようでもあるしネットゲームのようでもある。部分的にやると、本当に切り取られた心理作用だけが残されて、ネットゲームの最大の魅力や良いところまで失われそうで、言葉による争いは人には不向きだとわかります。

 

強さを競うのは、太古の命が請け負い、そして滅びの道を辿った。私たちは、強さとは何であるかを考える命の旅に出た。

答えは人の持つ優しさではないかと星への道のりで考えることは、人が選んだ「彼ら」から教えてもらったことの中の大切な指針なのだろう。

古代に眠った心は、涙を流す。

その理由を私たちは知っていく。

 

星に到達するまでに、何を知り、何を答えとするのかを人生と名付けて歩いていく。φʕ•ᴥ• ʔ

 

教えは豊富。皮肉、闇も生まれ始める。

星の光を覆うのは、雲。

悪口って、そういえば学生時代ほど楽しかったっけと振り返る。大人になると、くだらないことなのに。20歳を境目に、まるで谷底があるように感じられる。いつまでもそのまんまな生き方も許容される場がある。辞めたんだと決めている人々の里もまた隠れた秘境のようである。ヒキョウ違いもあるけれど。

やりたいように生きたらいいのに、ズルい!ってなるのはなぜか5年、10年経ってから。秘境を選び、ボロボロになるまで探し求めて草をかきわけ、川を進み、何度も引き返そうかと思った。だが、それでも諦めずに歩みを進めていくと、仲間の支えもあって辿り着いた場所がある。

仲間選びを間違えた…?

楽しかったのなら、それは仲間に失礼な屁をかける行為だ。そんな奴は辿り着けないし、うちの騎士団には向いてないかな。

カーマ…φ(๑・㉨・๑ )。oO(綴り忘れた。)

 

ʕ•ᴥ•ʔ覇権争いの英雄ディリータの謎ですか?

(๑・㉨・๑)…友達がその世界に行ったって聞いた記憶が出てきたんだ。彼は、その世界から手紙をくれた。最強のダブル主演には到底勝てそうにないけど、仲間の中で最も頼りになるキャラに贈られる、最優秀真の助演賞をもらえたよって嬉しそうだった。

ʕ•ᴥ•ʔ…竜騎士ですかね。見覚えがありますね。彼は確かに隠密に優れ、後半は磨き抜かれた動きのセンスが素晴らしいキャラクターでした。

 

ただのファンタジーなタクティクスのお話。

中身は存在しない、自ら動かしている分身に色をつけたらこうなったっていう特技「イフイフ」の能力(笑)

すべては、私の気まぐれと楽しみだ。

風でネットの世界に舞っているのか。

文句を言われる理由は、よくわからない。

 

ふしぎな画像 -1-

Nice to meet you.

人が育つ環境まで考え抜いて、見ず知らずの人をいきなりTwitterという拡散力だけの情報のウェポンを使って罵ったり説教したりできるって、じゃあリアルな環境でもそれはやってるんだよねと思うようになりました。

私は、現実で気の強さを発揮してしまえばどうなるか痛さをもって知ることとなった人生です。私がそうだったように、認識からすぐに発想できるよう、大事なことは覚えるまで書く。それが、記事や本で途中から読むことへの警告である。

今は、安易に言いすぎる。

言葉のレベルが尋常ではない状態での罵りをTwitterでやるということの意味は見つかったのか。また、昨今はInstagramにおいても感性が素晴らしかった子らを、その瘴気で叩き出すように現れたスイセイのごとき輩のセンスに脱帽。帽子かぶってないから、被せられたカツラとれる勢いでビックリしています。

ここで「帽子」について、軍や警察が権威を表すものをとるってどういうことか知っているのは、ハリーポッターのあるシーンで憧れを持つと思います。私は、同じようにシキタリの重さをもって投げたいからです。

権威喪失させるような行為って、圧巻ということでもあり、文脈では足らないのなら、それはリアタイに属する世相の反映なのです。世間の様子、風潮、時代背景ですね。似たようなことを言っているのに、見えてくるものはズームの倍率のように感じます。

その中にいること、メディアなどを通して知る風の情報、通り過ぎた時代としての景色。

 

私は、最近地球の綺麗な空気を心の窓から感じられる日があるのです。とても気分が良いもので、心地よい風が吹くまさに旅立ちの風を模した世界観に、私がいることです。旅や環境の大幅な変化に、もうひとつの地球の夜明けを見ます。

 

ネットの闇があけ、いま陽の光が降り注ぐ。

 

海の闇、月の影から尊敬と感謝を込めて、私が考えた今のスマホに捧げる言葉。

そういうのを考えることが趣味で、小学生の頃から楽しく感じられたもので、教師にも軽めの褒め言葉をもらったような記憶がありました。

 

Twitterは、拡散力。

Instagramは写真による爆発力。

ブログは、タイトルハザード。

…気づいていますかァ。

ネットで覚えすぎた日本語の特徴的な言い回しを先手として披露しまくる人々を。

 

ʕ•ᴥ•ʔ心に直接ピッキングしてこないでぇ!

(๑・㉨・๑)…空き巣なの?そもそも、巣穴はいまは海賊の祠でしょ?

ʕ•ᴥ•ʔ先輩が海賊してた頃のお宝です。ほら、よく♡の箱にしまっていた。ネットさんのエサにいいんですよ。

(๑・㉨・๑)あげてないよ。あれはまだ味付けが酷いやつで返品されてるヤツだよ。

 

心の風景が汚いことに気づいても今は直すための涙は流れぬ時代でごわすッタル。φʕ•ᴥ• ʔ

 

喜怒哀楽の草が臭くなっても伸び放題。

カリスマ性の高いこのハサミなら、びゅーてぃふるなカットも可能なのかと…やらずんば何も得ない。

ʕ•ᴥ•ʔ学びの里ファントムは、ファンと夢説がのちにヒソヒソされたそうですが、決めポーズだけが残された時代の贈り物に「諸説あり」と言われています。